大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2967号 判決 1997年12月12日
控訴人・附帯被控訴人(以下、一審被告という)
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
清水賀一
被控訴人・附帯控訴人(以下、一審原告という)
有限会社第三
右代表者代表取締役
白井末春
右訴訟代理人弁護士
池本美郎
同
村田喬
主文
一 本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
1 一審被告は一審原告に対し金三〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審原告のその余の請求を棄却する。
二 本件附帯控訴を棄却する。
三 附帯控訴費用を除く訴訟費用は第一、第二審を通じ五分し、その三を一審原告、その余を一審被告の各負担、附帯控訴費用は一審原告の負担とする。
四 この判決の主文第一項1は仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 一審被告
1 原判決を取消す。
2 一審原告の請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用(第一、二審)、附帯控訴費用は一審原告の負担とする。
二 一審原告
1 原判決中、一審原告の敗訴部分を取消す。
2 一審被告は一審原告に対し金四五〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 本件控訴を棄却する。
4 控訴費用、附帯控訴費用は一審被告の負担とする。
第二 主張
一 請求原因
1(一) 一審原告は、大阪府知事の登録を受けた貸金業者である。
(二) 一審被告は司法書士である。
2 一審原告は、平成二年八月一〇日、辻川和子(以下、辻川という)に対し金五〇〇〇万円を貸付け(以下、本件貸金という)、同人所有の原判決添付物件目録記載の土地(以下、本件土地という)に極度額七五〇〇万円とする根抵当権設定契約(以下、本件抵当権という)を締結し、同人の指名した一審被告に対し、右登記手続の代行を委任(嘱託)し、同日、右根抵当権設定登記(以下、本件登記という)を経由した。
3(一) 辻川は今に至るも本件貸金の弁済をしない。
(二) 本件土地は登記簿上は宅地であるが現況は道路であり、固定資産課税台帳上も公衆用道路とされ非課税扱いであり、取引物件として無価値に等しく、本件抵当権を実行しても本件貸金の回収はできない。
一審原告は、本件貸金の際、右事実を知らなかった。
(三) 右により、一審原告は本件貸金相当額五〇〇〇万円の損害を被った。
4(一) 一審被告は、一審原告が本件土地を担保として本件貸金を行うこと、他方、本件土地に関し、昭和五八年一一月二六日付先順位抵当権者金井の根抵当権設定登記手続等、平成二年八月六日付辻川に対する所有権移転登記手続を各代行し、本件土地の現況が道路であり、固定資産課税台帳上も公衆用道路とされ非課税扱いであることのみならず、金井から本件土地をめぐる紛争の相談を受け、本件土地に担保価値のないことを熟知していた。
(二) 一審被告は、一審原告から本件登記の委任を受けた際、委任契約上また職務上、本件土地の現況が道路であり、固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税であり、担保価値のないことを教示すべきであったのに(民法六四四条、司法書士法二条)、教示しなかった。
(三) 一審原告の被った前記損害と一審被告の右義務違反の間に相当因果関係がある。
5(一) 辻川は、本件土地が無価値であることを秘匿し、一審原告から前記五〇〇〇万円を詐取した。
(二) 一審被告は、4(一)記載のとおり、本件土地との関わりが深く実情を熟知している上、辻川から本件貸金の内二〇〇〇万円を金井の根抵当権設定登記を抹消する資金として受領、保管する等、本件貸金の実行を積極的に推進し、辻川の詐欺行為を幇助した。
6 よって、一審原告は一審被告に対し、選択的に債務不履行(右4)または不法行為(右5)に基づく損害賠償として、金五〇〇〇万円及び平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。但し、辻川も登記手続の代行を委任した。
3(一) 同3(一)は不知。
(二) 同(二)中、本件土地が固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税であることは認める。但し、現況は見分していない。なお、辻川に対する所有権移転登記手続を行う際、近傍地の固定資産評価額の二分の一を基準とした登録免許税三六万一六〇〇円が賦課されている。
(三) 同(三)は不知。
4(一) 同4(一)中、本件土地の現況が道路であり担保価値のないことを知っていたことは否認し、その余の事実は認める。
(二) 同(二)は争う。一審被告は、辻川の委任により所有権移転登記手続を代行した際、本件土地が固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税であることを知ったのであるから、同人に対し秘密保持の義務があり、一審原告に漏らすことはできない(司法書士法一一条)。
(三) 同(三)は争う。
5(一) 同5(一)は不知。
(二) 同(二)は否認する。
三 抗弁
1 一審原告は、本件貸金を行うに当たり、自ら本件土地の担保価値を調査しなかった重大な過失がある。
2 一審原告は、遅くとも平成三年一月、本件土地の実地が道路であり、固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税であること、即ち、損害の発生を知ったから、同日から三年を経過したことにより、一審原告の不法行為に基づく損害賠償請求権は時効消滅した。一審被告は、当審口頭弁論期日(平成九年九月一九日)において、時効を援用した。
四 認否
1 抗弁1は否認する。
2 一審原告は、平成三年四月中旬、訴訟代理人に相談し、初めて一審被告に不法行為責任があることを知った。
第三 証拠
原、当審記録の証拠関係目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因1、2は当事者間に争いがない。
二1(一) 本件土地の現況は道路であり(甲二、五の6、一三、原審一審原告代表者)固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税となっている(争いがない)。
(二) 一審原告は、本件貸金の際、(一)の事実を知らなかった(原審一審原告代表者)。
2(一) 辻川は期限を過ぎたが本件貸金の弁済をせず、また、本件土地は、1(一)の事情のため、交換価値に乏しく、一審原告が本件抵当権を実行しても本件貸金の回収は不可能である(原審一審原告代表者、弁論の全趣旨)。
辻川に対する本件土地の所有権移転登記手続を行う際、近傍地の固定資産評価額の二分の一を基準とした登録免許税三六万一六〇〇円が賦課されたこと(当審一審被告、弁論の全趣旨)は右認定の妨げとはならない。
(二) したがって、一審原告は本件貸金回収不能のため金五〇〇〇万円の損害を被った。
三1 一審被告は、一審原告が本件貸金をする際、本件土地が固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税となっていることを知っていた(争いがない)。したがって、一審被告は、現地を見分したことがなかったとしても、本件土地の現況が道路であり、担保価値に疑問のあることを認識していたと推認される。
また、一審被告が、一審原告は本件貸金担保のため本件抵当権を設定することを認識していたことも疑いない。
2(一) 司法書士たる者は、登記手続の委任を受けた場合、登記手続を適正かつ的確に行うため、単に形式的要件の審査に止まらず、嘱託された登記が当事者の登記目的に添っているかについても検討し、助言、指導すべきであり、右は司法書士法一、二条の趣意でもあると解される。
(二) 右によると、一審被告は、一審原告から本件登記手続を委任された際、一審原告に対し、少なくとも、本件土地の現況が道路であり、固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税となっていること(一審原告にとり極めて重要な事項である)を教示し、その上で、なお登記意思を確認するべきであったといえよう。
一審被告は、本件土地が公衆用道路であり非課税となっていることは辻川の委任事務を処理する際知ったことであるから、一審原告に告げることは司法書士法一一条に違反すると主張するが、右事実は本件土地に関する公然の事実であって特に秘匿すべき合理的理由はなく(秘匿することは却って不正目的を疑わしめかねない)、一審原告に教示することが司法書士法一一条に違反するとは到底解されない。
3 以上によると、一審被告が一審原告に対し、本件土地の現況が道路であり、固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税となっていることを教示しなかったことは委任の趣旨に反し(民法六四四条)、債務不履行であり、一審原告の被った前記損害との間に相当因果関係がある。
四1 一審原告は、本件貸金の際、辻川から本件土地が宅地であると説明を受け、従業員を現地に赴かせ調査させたが、辻川から近隣の別の宅地を指示され、本件土地が宅地であると誤信した。(原審証人辻川、同一審原告代表者)
2 しかしながら、一審原告は登録を受けた貸金業者であり(争いがない)、しかも不動産担保による貸付を主たる業務としているのであるから(右一審原告代表者)、担保不動産の価値の把握は自らの責任でなすべきであり、たやすく登記簿の記載や辻川の説明を信じ、固定資産評価額証明書すら点検しなかったのは如何にも軽率であり、過失は大きい。
五 一審被告の債務不履行の内容、一審原告の過失の内容、程度、本件土地は道路であるにも拘らず長らく取引の対象とされてきたことなど諸般の事情を総合すると、一審被告が一審原告に対し債務不履行による損害賠償として支払うべき金額は三〇〇万円が相当であると認める。
六 原判決は不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容したが、全証拠を検討しても、一審被告が辻川の詐取行為に加担し幇助したとまで認めるに十分ではない。したがって、原判決は失当である。
本訴請求は選択的に債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求めるものであるところ、当裁判所は前記限度で債務不履行による損害賠償請求は理由があると判断する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官糟谷邦彦 裁判官塚本伊平)